犯人に好意を抱く、『ストックホルム症候群』の怖さ
サイコ・サスペンスと称されているように、
巨人倍増このお話の怖さは、血みどろだったり、お化けが出たり……というようなモノではなく、ぞわぞわと精神的に詰め寄ってくる種類の怖さです。個人的にはスティーブン・キング監督の『ミザリー』を思い出す瞬間もありましたが、今作で特徴的に描かれているのは、監禁に近い場所から逃げようとするのに、なぜか自らそこに戻ってしまう、トムの矛盾した心。これは『ストックホルム症候群』と呼ばれるもので(実際にあった事件から付いた名前です)、誘拐や監禁などで被害者が犯人と長い時間をともにするうちに、被害者が犯人に好意的な感情や連帯感を抱くようになる、そんな複雑な人間心理がテーマとなっています。ゲイであるトム、そして過去に問題を起こしている兄フランシス。2人とも心の奥はひどく“孤独”で、それゆえに暴力で繋がっているような不条理な関係でも、離れられなくなってしまう。精神的にバランスを失い始めたトムが、「この牧場には、僕が必要なんだ」と歯茎を出して笑うシーンはかなり不気味で、きっと見る人の脳裏に焼き付くことでしょう……(この瞬間だけは、イケメンぶりも吹っ飛びます(笑))。
若き才能の輝きを、見逃すことなかれ!
カンヌで賞を取った前作『わたしはロランス』は、激しく大胆な音楽と映像が多用されており、見る人も陶酔していってしまうような華美な切なさと、胸をゆさぶる愛のドラマが印象的でした。しかし今作は、それとは対極的とも言える、制御の効いた静かな雰囲気と、ぴりっとした緊張感が漂う作品です。戯曲(ぎきょく/劇場で演じられる作品)が原作とのことですが、「ドラン監督はこんなテイストの映画も作れるのか!」と映画界に衝撃を与えている様子。一体彼はこの先、どんなスゴイ作品を作るんだろうか――。そんな期待や興奮を持って見つめられている存在は、世界でもなかなかいないですよね。「リバー・フェニックスの再来か、それを超えた(スタイリスト/熊谷隆志氏)」なんてコメントも寄せられていましたが、とにもかくにも彗星のように現れた、映画界の若き天才イケメン。目の早い女子は、現在25歳のグザヴィエ・ドラン氏の才能と輝きを見逃すことなかれ!
巨人倍増サイコ・サスペンス『トム・アット・ザ・ファーム』は10/25(土)より全国順次公開です。
(外山ゆひら)